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 ある人の死をいたみ、在りし日のすがたや言葉を思い返す機会はなにもお葬式だけではありません。日本の仏教では「四十九日」「中陰」という考え方があります。つまり亡くなって四十九日のあいだの供養を習慣的にとても大事にします。 

 四十九日は亡くなった日を第一日目と数えます。そして七日ごとにお坊さんを家に招いて法事をしたり、近隣のひとがその家に行って供養をしたりします。

 ただしこれにはちょっとした仕掛けがあって、七日ごとの供養には「逮夜(たいや)」 という考え方があります。「逮」とは「明日に逮ぶ(およぶ)」という意味で、つまり 正七日供養の前日の晩に集まって故人をしのぶわけです。

 中国や朝鮮半島、日本などには、前の晩から集まって夜遅くまで故人をしのび思い出を語らいあったりする、いわば「夜ふかしの供養」ともいえる習慣があります。お通夜もまさに前の夜から寝ずの番をやるわけですが、そうやって集まってみんなで食事をして、夜おそくまでワイワイやる(地方によっては飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ)のが供養になるというわけです。
 福知山を含む近畿各地では、よく西国三十三観音の御詠歌をお唱えしたりもしますね。

 海眼寺の七日ごとの供養は、逮夜の晩にそれぞれのお宅にうかがって、ご遺族のみなさんといっしょにお経を唱えるようにしています。眠けを吹き飛ばすために元気いっぱいに唱える(それでも眠いですけど)朝のお勤めとはちがって、夜にお唱えするお経はなんとなくしんみりとしていて独特の雰囲気があります。仏事はやっぱり雰囲気が大事です。

 ちなみに、最近はお葬式のあとにすぐ最初の初七日参りをやってしまう場合がほとんど。お葬式はだいたい亡くなって三日目か四日目ですから、そのあとまたすぐ集まって初七日をや るのも大変です。 そしてどんな習慣でもそうですが、四十九日の供養そのものをやる御家庭がだんだん少なくなってきたようです。たしかにどんなに悲しくても、葬儀から数日後には会社や学校に行かなければなりませんし、連日夜遅くまで働いていらっしゃる方も多いでしょう 。しかし身近な人を亡くすというショックをいやして、その死を受け入れるための時間をどんなかたちでもいいので作っておくいいと思います。そのひとつのやり方として 「四十九日」や「夜ふかしの供養」はいまだ有効でしょう。

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