小正月(こしょうがつ)です。
正月はせわしなく行事が続きますが、小正月は行事といってものんびりしたもので気が楽です。

鏡餅や正月飾りをすっかり取り払って、わら細工のものなどは燃やします。

わらなどを燃やした残り灰を、門や玄関などの角々に置きます。いわゆる魔除けです。
どんど焼き・左義長などで焼いた真っ黒焦げの餅を食べる、残り灰で作った墨を顔にぬる、あるいは羽子板で負けたら顔に墨をぬるといった習慣も、魔除けや無病息災を祈るものです。小正月と灰は密接な関係があるようです。

さて小正月からが寒さの本番、雪でお参りいただくのが難しいこともありますので、とくに遠方のかたはお気を付けください。
書院の掛軸は「雪だるま」八幡圓福僧堂・泥龍窟老師筆です。


 

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。



今の時期は境内のスイセンがきれいに咲いています。



さて、臨済宗南禅寺派の広報誌『南禅』にて、海眼寺の紹介文が掲載されています。

とりたてて歴史もないお寺ですので、水害にスポットを当てて、海眼寺の歴史を概説しました。



長文ではありますが、『南禅』誌は一般には配られているものではないので、ここに再録します。





海眼寺(かいげんじ)の紹介



海眼寺は京都市内から北へ一時間半、福知山市の市街地にあります。福知山のまちは織田信長の命によってこの地を平定した明智光秀が、暴れ川で名高い由良川の治水をおこなって城下を成したことに端を発し、江戸時代を通じて現在の街なみが整えられました。



さて海眼寺は、そのような由良川沿いにお寺が建ち並ぶ寺町の一画にあります。山号は「慈雲山」、本尊は釈迦如来です。開山は本寺である福知山市の醍醐寺八世・無関禅透禅師と伝わっていますが、山国の丹波福知山でなぜ「海」眼寺なのか等々、創建の詳細はまったく判然としません。



ただし江戸時代の初期、元禄年間の福知山を記した古地図には、現在とほぼ変わらない場所に海眼寺の名を確認することができます。



海眼寺の歴史のなかで唯一はっきりしていることは、海眼寺の大檀越(お寺を支える大きな檀家信者)が、福知山藩の資金繰りや金銀小判の流通を一手に引き受けた豪商・吉田三右衛門家であったということです。したがって吉田家が実質的な開基ではないかと思われます。



海眼寺写真3.JPG

(山門と庫裡。山門は幕末に建立され吉田家の寄進です)



また古い過去帳を開けば呉服屋、織屋、紺屋、鍛冶屋、米屋、荒物屋といった屋号がならび、多くの檀家がその居宅を旧市街の商業地に構えています。今でも海眼寺の檀徒に専業農家は一軒もなく、福知山以外にお住まいの檀徒もほとんどが福知山の商家に、そのルーツを発します。このように海眼寺は福知山の商家とともに歴史を重ねてきました。





海眼寺の歴史は水害の歴史



海眼寺の由緒や寺史がなかなかはっきりしない理由は、海眼寺、そして福知山という街が、由良川はん濫による被害をたびたび受けてきたからにほかなりません。平成二十六年八月にも集中豪雨によって海眼寺の墓地をはじめ多くの檀家宅が水没し、高台にある檀徒の墓所が崩れるなどの被害がありました。



海眼寺写真1.JPG

(平成26年8月17日水害のようす)





古く昭和二十八年の由良川決壊のさいには、三メートル以上もの大水が押し寄せ、建物の二階へ避難したのでさえままならず、当時の住職一家は本堂の屋根に飛び移って難を逃れたそうです。



福知山の市史とつき合わせると、おそらく海眼寺は創建以来十数回もの水害にみまわれています。残念ながらお寺の歴史を伝える寺宝や古文書のたぐいはことごとく流され、本堂建物もそのたびに被害を受けました。水害のことも考えて、本堂は頑丈な鉄筋コンクリート造で昭和四十三年に再建されました。現在でも頂相(最も大事な歴代住職の肖像画)や過去帳(海眼寺では過去帳は正副二部作成し、別々に保管しています)をすぐ持ち出せるように準備するのが、大雨の時期の恒例行事となっています。



海眼寺写真2.JPG

(鉄筋コンクリート製の海眼寺本堂)



そのような日々の備えにもまして、自身が被災者となりながらもお寺の復旧にたびたびご尽力いただいてきた檀徒の篤信に支えられ、海眼寺は今日まで続いてきました。



熱心な檀徒講員のおかげもあって、海眼寺では独秀流詠歌講や彼岸講を長く続けておりますが、文化財になるような仏像もなければ、とりたててご紹介するような特別行事もないごく普通のお寺であります。



しかし度重なる災害や困難に心折れることなく寺と信仰を繋いできた先師先達、檀信徒先祖代々一人ひとりの歩みそのものが、何ものにも代えがたい「寺の宝」なのです。この宝をより光り輝かせ法門の興隆をはかるために、今後も精進してまいる所存です。



よろしければインターネットやスマートフォンで海眼寺のブログなどご覧ください。「海眼寺」と検索していただければご覧いただけます。




例年通りの寒さとはいきませんが、暦のうえでは歳末となりました。

住職の実家(鹿児島)から正月の飾りにふさわしい大きなミカンが届きました。
晩白柚(ばんぺいゆ)といいます。ボウリングの玉ほどの大きさです。


これはいわゆる輪飾りです。
関西では一般的なもので、勝手口や台所、便所、浴室などに飾ります。
昨年まで正月飾りや鏡餅用の裏白などは八百屋さんにまとめて注文していたのですが、最近は地元産のものが市場になかなか出荷されないらしくお手間を掛けていました。そこで今年は住職みずから農協の直売所や歳末の市をまわって買い求めました。

しかしそれでも出荷数は需要にはるか届かず、すぐに売り切れてしまうそうです。作り手の高齢化や手間ひま・コストを考えると、作り手・出荷数ともに少なくなっていくのは致し方ないのでしょうか。

結局、海眼寺で必要な輪飾りの数を確保することができず、ホームセンターにあった水引メガネの量産品で間に合わせました。

農家の檀家さんがないマチのお寺である海眼寺には、あいにく直接買い求めるルートがありません。仮にあったとしても、なかなか数は揃いにくいかもしれません。

ちなみに餅屋、八百屋、紙屋、花屋、さらには仕出し屋、石材屋、電気屋といった業者さんなくして、マチのお寺は成り立ちません。そして、皆さんご承知の通りそのどれもが高齢化と価格競争で減少の一途をたどっています。

これまで当然のようにあったものが無くなってしまうのが無常の理。そしてそこではじめて、これまで輪飾りをせっせと作ってくれていた顔も知らぬ方のお蔭で、正月らしい正月が迎えられていたのだと気づくことができます。

などと、判ったようなことを云うヒマもない師走ではありますが、やはり正月飾りが量産品ではチト寂しい。しばらくは福知山で手作りされた正月飾りを求めて、右往左往することになりそうです。

ところで、どちらが手作りの輪飾りでどちらが量産品かおわかりでしょうか。。。

 

2011年から海眼寺では間伐材を用いた塔婆を使っております
そして塔婆一本につき1000円の塔婆料をお願いすることとし、そのうちの半分である500円を各種社会貢献への寄付とさせていただいております。
この一年のあいだでそのようなかたちで募った寄付と、本堂に設置した募金箱の合計が37,693円となりました。


なお、本堂に設置した募金箱には「福知山水害被災者への募金」ということでお願いしておりましたが、すでに福知山水害への募金や義援金は締め切られ、受け付けていただける窓口がありませんでしたので、両丹日日新聞の愛の寄金への寄付とさせていただきました。あしからずご了承ください。この寄金は社会福祉のために使われます。

この寄付も今回で5回目となりました。この寄付をおこなうと、いよいよ年の瀬だなと感じます。
 

12月に入ってもあたたかい日が続き、海眼寺の皇帝ダリアはまだ咲いています。

皇帝ダリアは初霜で花が枯れてしまいます。12月まで残っているのはまれです。
玄関前のオキザリスも、日を浴びて花を開かせています。

オキザリスは日が差すと花を開き、陰ると律儀に花を閉じます。

さて12月8日は成道会(じょうどうえ)です。
 
 
成道(じょうどう)とは、お釈迦さまが悟りを開かれたことをいい表したことばで、お釈迦さまの成道に感謝をささげる法要を成道会といいます。
お釈迦さまは29歳で出家し、6年間の苦行の結果、尼連禅河(にれんぜんが)のほとり、菩提樹下(ぼだいじゅげ)で禅定(ぜんじょう)に入られ、魔を降伏 (ごうぶく)し悟りを得られました。時は12月8日、明の明星が輝くころで、35歳の時でした。成道が得られなければ、多くの人々が救われることもなかっ たし、もちろん仏の教えも説かれなかったわけです。12月8日は仏の教えが生まれた日であるので、この成道をお祝いし、お釈迦さまへの深い感謝をささげる のです。


真言宗智山派 智積院ホームページ  http://www.chisan.or.jp/event/events_detail/id=75


というわけで、成道会は仏教にとって大切な行事です。
海眼寺は臨済宗中興の祖、白隠禅師が描いたとされる「出山釈迦」の画を所蔵しています。毎年成道会の時期に、虫干しを兼ねて書院の床の間に掛けます。

修行にはげみ、ついにお悟りを開かれたお釈迦さまの姿を独特のタッチで描いています。
ちなみに白隠禅師は来年(2016年)に250回忌の遠諱の年にあたり、臨済宗を挙げてさまざまな行事が行われています。京都と東京の国立博物館で展覧会もあるようですので、ぜひ足をお運びください。

 

以前もご案内しましたが、去年の春に観音堂の前に井戸を掘りました。
夏は冷たく冬は温かい井戸水ですので、墓参のさいなどに大変ご好評いただいておりますが、近ごろ変色が見られたので検査機関で検査をおこないました。


検査の結果、基準値を超える鉄分とマンガン、一般細菌が検出されました。またにごりや変色も基準値を超えていました。
いわゆるカナケの水ということですが、井戸水ではよくあることです。



したがいまして、今後はこの井戸水は飲用を避けていただきますようお願いします。とくに小さいお子さまお孫さまが飲まないようご注意ください。飲んだからといってすぐに健康を害するものではありませんし、墓参などに使っていただくのには問題ありませんが、飲用には適さない、おいしくない水です。


海眼寺の紹介とアクセス




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